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症例紹介

前十字靭帯損傷最新の知見レポート

疫学について
 前十字靭帯は膝関節を安定させ、大腿骨と脛骨を連結する靭帯である。スポーツによる膝の外傷は骨折、脱臼、筋腱損傷、骨挫傷、軟骨損傷、半月板損傷、靭帯損傷などがあり、外傷性関節血腫を呈した500膝の損傷部位を調査した結果、靭帯損傷の確率は89.8%であり、そのなかで前十字靭帯損傷の確率は59.0%と高頻度で発症する損傷である1)。

病因病態について
 前十字靭帯損傷の受傷機転は膝外反外旋の肢位で回旋強制によって発症するケースが多く、コリジョンスポーツで多くみられる直達外力によって損傷するケースよりも、ジャンプ後の着地や急激な方向変換などの介達外力によって損傷するケースが多くみられる。スポーツ種目では、バスケットボール、ラグビー、ハンドボール、スキーなど、下腿を回旋するスポーツ種目で多くみられる2)。前十字靭帯損傷のリスク要因は脛骨の後方傾斜や顆間窩狭小化があり、全身関節弛緩性や膝関節の過伸展もリスクとして挙げられ、単独の要因で受傷するケースはあるものの、複数のリスク要因が関連し受傷するケースがほとんどである3)。

診断方法
 前十字靭帯損傷によって生じる膝の前方不安定性は徒手検査にて判断することができ、前方不安定性を評価するLachman testや回旋不安定性を評価するpivot shift testは重要な徒手検査であり、テスト所見が陽性の場合は前十字靭帯損傷の確定率が高い。画像診断では非侵襲性であるMRI検査が非常に有用であり、前十字靭帯の損傷のみならず、他の靭帯損傷、半月板損傷、軟骨損傷や骨挫傷の有無を確認することが可能で、単独あるいは複合損傷を確定するにも有用な診断方法である。

治療方針
 前十字靭帯は関節内にあるため自然治癒能力は低く、損傷した前十字靭帯が保存療法で治癒することはない4)。したがって、保存療法で膝の安定性を確保し元の競技へスポーツ復帰することは極めて難しい。しかし、年齢が高い方や日常生活の活動性があまり高くなくスポーツ活動がないケースは保存療法で経過観察することも選択肢のひとつである。一方で、レクレーションレベルのスポーツでも、装具装着をしても膝の不安定感が残存するケースも多々あり、受傷前のスポーツ活動レベルまで活動性を戻すことは難しい場合が多く、関節鏡を用いた低侵襲手術法が現在では主流となっている。

膝前十字靭帯再建の最新の知見
 現在は本人の組織を用いて再建する自家腱移植が良く行われる方法である。ハムストリング腱を用いた関節鏡視下膝前十字靱帯再建術は、切開が最小限で大きな合併症がなく術後の成績も安定しているため、有効な治療方法として確立されている4)。最近では遺残靱帯が残存している疾患に対しては遺残靱帯を切除せずに再利用したレムナント温存法があり、再建術としては一重束前十字靱帯再建術を施行するケースと二重束前十字靱帯再建術を施行するケースがある5)。再断裂の例には骨付き膝蓋腱を利用した手術方法が多く採用され、競技スポーツやスポーツの活動性によっては、初回断裂から骨付き膝蓋腱を利用した手術方法を選択するケースも多くみられ、海外では初回断裂からこの手術方法を選択するケースが多い。

リハビリテーション<図-1>
手術後2週間はニーブレスを装着する。
手術後翌日より大腿四頭筋のアイソメトリックトレーニングや足関節の自動運動を開始。
手術後2日目より患部荷重を回避しSLR、殿筋群の自重トレーニングを開始。
手術後3日目より体幹トレーニングも随時追加。
手術後7日目よりCPMによる関節可動域訓練を開始。
手術後14日目より徒手による関節可動域訓練のリハビリテーショを開始。
手術後21日目より1/3荷重による歩行練習を開始。
手術後28日目から2/3荷重による歩行練習へ移行する。
手術後35日目には全荷重で歩行練習へ移行し、歩行可能とする。
プロトコールは目安とし、荷重及びKnee braceの除去は執刀医の診察により決定する。

<図-1> 前十字靭帯再建術後のリハビリテーション(関目病院リハビリテーション科)

競技復帰について
術後2ヶ月より自転車、 術後3ヶ月でジョギング、以後徐々に活動レベルをあげ、術後6ヶ月からジャンプ、術後6~7ヶ月で術前スポーツレベルへ競技復帰となる。<図-2>
定期的な診察によって、関節可動域の正常域への改善、自覚的及び他覚的な前方及び回旋不安定性の改善は必ず確認し、受傷前レベルへのスポーツ復帰の最終判断は、術後6~7ヶ月に筋力評価や機能評価(ファンクショナルテスト)の結果で復帰の可否を決定する。

<図-2> 退院後の日常生活・スポーツ復帰時期(関目病院リハビリテーション科)

再発予防
 下肢アライメントや関節柔軟性などを判断し、Knee in-toe outの不良姿位を予防するため股関節、足関節や体幹などの柔軟性向上、殿部筋群、ハムストリングスの強化や運動時のダイナミックアライメントも考慮し膝の回旋強制とならない安全な姿勢の指導をする必要がある。また着地動作や誤ったランニングフォーム、グラウンドや体育館の状態、靴などの運動環境面の改善提案も重要である。また、前十字靭帯損傷の再発率は全体で15%、再建側の再発率は7%、反対側の再発率は8%で、スポーツ復帰したアスリートの前十字靭帯損傷の再発率は20%である6)。再建術後にもこれらのケースを考慮した指導を念頭におき、再発予防に努める必要がある。
 

前十字靭帯損傷再建術の必要性及び私見
 関節内にある前十字靭帯は自然治癒能力が乏しく、保存療法で膝の安定性を確保し元の競技へ復帰することは極めて難しく永続的に膝崩れ現象と不安感が残るため、スポーツ復帰を目標とするケースは靱帯の再建手術が必要不可欠となる。最終判断は本人の活動性及び年齢が判断材料となる7)。

前十字靭帯損傷再建術のメリット
 前十字靭帯損傷は膝の不安定性を招きスポーツでのパフォーマンスの低下が生じる。前十字靭帯損傷再建術をすれば、術後6ヶ月前後で膝の安定性を獲得し、膝崩れ現象と不安定感が解消され元の競技へ復帰した割合は約90%になる(前十字靭帯損傷再建患者100例の追跡調査、術後24ヶ月の結果であり、内訳は完全復帰が65%、不完全復帰が24%、復帰不可は11%であった。)7)。

前十字靭帯損傷に対する保存療法のデメリット
 スポーツを行わない方や高齢の方には、保存療法を選択するケースがある。一般的に保存療法は膝周囲の筋力強化と安全な膝の使い方をトレーニングするか、保存療法で膝の完全な安定性を獲得することは困難であり、スポーツや運動を中止しても膝崩れ現象が日常生活でも起こる可能性がある。膝崩れ現象を放置すれば半月板損傷、軟骨損傷などの二次的損傷を誘発するケースもある。将来的には膝の変形性関節症を発症するケースがあり、日常生活動作では細心の注意したうえ、日常生活を過ごす必要がある。

参考文献
1)西田昌功.外傷性膝関節血症の診断.関東整災誌、 17、390-393、1986.
2)川島敏生、 大見頼一、 前田慎太郎、 宮本謙司、 尹成祚、 川島達宏、 長妻香織. 膝前十字靱帯(ACL)損傷理学療法診療ガイドラインQ&A. 日本鋼管病院誌、 1-64、 2011.
3)日本整形外科学会診療ガイドライン委員会、ACL損傷ガイドライン策定委員会編.前十字靭帯(ACL)損傷診療ガイドライン.南江堂、2006.
4)阿部信寛.膝前十字靭帯損傷.岡山医学会雑誌、123、 53-55、 2011.
5)中山寛、山口 基、 吉矢晋一、黒田良祐、黒坂昌弘.レムナントを残した前十字靭帯再建術の問題点.中部整災誌、53、525-526、2010.
6)AmeliaJ Wiggins、Ravi K Grandhi、 Daniel K Schneider、 Denver Stanfield、 Kate E Webster、 Gregory D Myer. Risk of Secondary Injury in Younger Athletes After Anterior Cruciate Ligament Reconstruction: A Systematic Review and Meta-analysis. Am J Sports Med. 1861-1876、 2016 Jan.
7)Alberto Gobbi、Ramces Francisco、Factors affecting return to sports after anterior cruciate ligament reconstruction with patellar tendon and hamstring graft: a prospective clinical investigation.Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc、14、1021-1028、2006.
8) 伊藤浩充、瀧口耕平、黒田良祐.ACL 再建膝に対するファンクショナルパフォーマンステスト.臨床スポーツ医学、35(4)、412-417、2018.
9) 史野根生.スポーツ膝の臨床.金原出版、2008.

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